ちょっとやりすぎでは
これにはびっくり
REDOX PIONEER: PROFESSOR GREGG L. SEMENZA.
Antioxid Redox Signal 10 Mar 2010.
Prabhakar博士によりGLS頌
まるでノーベル賞受賞者をたたえているような論文です。
Table 1とTable2にはおどろく
Table1はGLS論文のうち1000回以上引用された論文のlist
Table2は100回以上引用されている論文のlist
ぼくが共著者になっているのは5つあります。5/77X100=6.5%の貢献度だ。
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JY会雑感
JY先生もとうとう63歳でmandatory retirementとなります。という訳で恒例の行事が今日ありました。
ぼくは1992年に参加したのですが当時研究室にいた
戦友
は総ぞろいでした。ずっと会っていなかったN村Kさんとかニッシーも米国から馳せ参じてくれましたし、歴代秘書さんのH出さんや女帝として12年もJY研に君臨してた旧姓K清さんも来てくれていました。
JY先生がある意味最も先鋭化していた時代に研究室に参加できたことはその後のぼくの研究者人生に大き影響というかトラウマというかなんというかsomethingを与えてもらいました。なんだかんだ言ってもぼく青春だったかなら
今日ほど痛快だったことはこの半年では無かったと思います。ありがとうございました。
大盤振る舞いで修正なしで載っけます。
でも先生今日の最終講義の最後のあたりはいだだけませんでした。今日はぼくの機嫌が良かったので腹がたってしようがないということはありませんでしたがこれからももっともっと頑張ってください。
明日まともに出れるか不安なのですがたぶんボーとしています。
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”見下してはいないが失望はしている”
先週は原稿の処理で余裕が全然ありませんでした。
今日は朝から24時間の日当直です。入ると言われていた大物緊急手術が無くなり朝から研究室の整理ーというかゴミを捨てる作業ーをしていました。大量のホコリで一時呼吸困難に陥っていたのですがK先生の助けもありなんとか目標を達成することができました。
昨日の朝からThe Immortal Life of Henrietta Lacksを読み始めました。
HeLa cellの樹立にまつわるルポルタージュです。この細胞のdonorとなったHenrietta Lacksさんの生涯とHeLa cellの樹立の過程またその後を含んだものとなっていてなかなか面白い読み物となっています。1920年代から2001年までをカバーしています。
HeLa cell、Johns Hopkins University Hospitalなどのkey wordsがあるので結経楽しめました。日本語に翻訳されてもそこそこ売れるのではないでしょうか。医学研究の倫理とかいろんな要素も入っていますし。
紛れも無く労作だと思います。
驚くのはwikiの投稿がこの本のスゴク良い要約となっていることです。wiki恐るべし。
日本語版は英語版とほぼ同じ内容ですが英語の方が詳しいです。
HeLa cellはヒトの細胞から樹立されたはじめの細胞株なのですね。この樹立が1951年ですからまだ60年を経ていないのです。
土曜日にNHKで”火の魚”というタイトルのドラマを観ました。
放送局のHPに出ている”あらすじ”は
島(瀬戸内・大崎下島)に住む老作家・村田省三(原田芳雄)のもとに、原稿を受け取るために東京の出版社から女性編集者・折見とち子(尾野真千子)が通ってくる。小説家と編集者は、歳は違うがプロ同士。お互いに一歩も譲らず、丁々発止のバトルが繰り広げられる。あるとき小説の想定を、燃えるような金魚の「魚拓」にしたいと思いついた村田は、折見に魚拓を作ることを命じる。魚拓をとるには、金魚を殺さなければならない。小さな命を巡って。二人の間にさざ波が立つ。
やがて村田は折見の、”秘密”を知ることになる……,
ということになっています。
村田という作家は設定では直木賞を受賞した流行官能小説作家なのですが、自分でも最近の作品は駄作だとおもっているのです。原稿を渡しその場で読み終えた編集者折見に小説の”でき”を尋ねるのですが折見はお座なりな追従的な返答しかしません。そこで村田は折見に好きな小説家を三人あげろその小説家たちのの小説と比較しても自分の小説はすばらしいと言えるのかと追及するのです。
覚悟を決めた折見は村田の原稿を酷評するのですがその酷評の仕方にぼくはヒットされました。
(くだない小説しか最近は書かないまたは書けない)村田を見下してはいないが失望はしている、さらに(才能を浪費している)村田に腹がたって仕方がないともいうのです。あまりに正鵠を射られた村田は絶句するしかないのですが同時に自分の小説の理解者を発見してたぶん嬉しいという気持ちも芽生えさらに折見に興味を持っていくのです。尾野真千子さんが演じる折見の妙な敬語表現で語られる辛辣な小説家批評がなかなかのものなのです。
50分程度の短いドラマなのですが、様々な伏線が入り組みエピソード的に挿入される影絵劇もすばらしくものすごく濃密な短編となっています。感動的なラストシーンと言えます。
ぼくはBSと総合で二回も観ました。
機会があればぜひ御覧下さい。原田芳雄と尾野真千子という配役もどんぴしゃりと思います。
このドラマを見終わって考えたことがあります。
月曜日に大学院時代に研究室にわらじを脱がせていただいた先生のことです。
先生の最終講義が京都であります。
実は以前、折見が村田に云ったこととほぼ同じことを先生に向かって云った事があります。
ぼくの考えでは先生は、天才です。生物学や医学に天才はいるのかという話はありますが先生は天才だと思ってきました。数年前にぼくが某研究所を退職する際、先生の学問への姿勢にぼくは批判的であり先生は才能を浪費しているのではないかもっと素晴らしい研究ができるはずであるということを訴えました。
先生はしかし、それまでに赫奕たる研究成果を上げておられたのです。その中でも特筆すべきは成人T細胞白血病の疾患概念の確立です。ATLの疾患概念の確立からウイルスの単離、同定にいたる過程は明治期に西洋から輸入された日本の医学が独自になしえた業績のうちの頂点の一ついや最も高い頂を形成しているとぼくは考えています。1900年代に入って展開されたHTLV−I感染細胞から単離した当時ADFと呼んでいた細胞因子がthioredoxinと同一であったということから展開していったレドックス生物学も先生の業績の大きな業績の一つだと思います。当時でも活性酸素の研究者は大勢いましたが細胞内のシグナル伝達が細胞内のタンパク質のレドックス修飾によるシグナルカスケードにより制御を受けているという今日では当たり前ともいえる原理の存在を予言して証明したのは見事です。これだけやっていたのだから十分だと今では考えますが当時のぼくはそうは考えなかったのです。もっともっと出来るはずだしやるべきだと思っていたのです。
しかし自分を振り返ってこのような批判は実は現在の自分にも向けられるべきであると思いました。日々の臨床の忙しさのせいにして研究への取り組みがおろそかになっているのではないか、また自分で自分に失望するような気の抜けた駄作の論文を出しているのではないかと常に自問自答はしています。
「火の魚」の主題はしかしこのようなことではありませんがこのようなことを考えながらドラマを観ていました。
月曜日は世界に散らばった研究室の同窓生のreunionでもあります。楽しみです。研究室の主催者はこのような機会を折々ー例えば還暦とかーに提供すべきだと思います。





