ぼくは1999年の夏から米国ボルチモア市のJohns Hopkins大学に留学をしていました。
二年半を過ごしてちょうど10年前の2002年の2月14日に家族4人で日本に戻ってきました。
2月の第一週で実験は切り上げ荷物は船便で日本に送ってしまいました。最終日に乗っていた自動車を売り払いBaltimoreでの生活にキリをつけました。早朝,ぼくのアパートの近くに住んでいる友人のエジプト人医師のワゴンでBWIまで運んでもらいスーツケース8個を持ってオーランドのDisney Worldへ出かけました。どんな天気だったのかは覚えていません。子供は二人とも泣いていたのだけは覚えています。
一週間ほどDisneyWorldで無為に過ごした後,Dulles AirportからANAの成田直行便で帰国しました。最終的に伊丹空港に着いたときはすでに真っ暗になっていました。家内の妹の家に向かい翌日新しい職場に出勤して日本での生活が始まりました。ぼくはその前の年の11月に一回シンポジウムの参加と就職の面接の為に一回帰国していましたが家族はカナダに旅行した以外北米大陸から出る事はなかったので二年半ぶりの日本だったのです。
一週間ほど居候をした後に池田市の体育館の近くのアパートに落ち着きました。結局その職場は一年半ほどいただけで辞めてしまいましたが以後池田市に住みつきました。
客観的には10年なのですが自分の意識の中ではアメリカにいたのは20年以上前だったのではないかという感じがあります。いくつかのシーンは超覚醒的に細部まで覚えているのですが家内が語るいろんな出来事は余りよく覚えていません。このように記憶が島状となっていること自体留学体験がぼくにとってはすでに過去の出来事になっている証拠なのかもしれません。
昨年の10月に学会の帰りに訪問したのが9年半ぶりのBaltimoreでした。そのときのエントリー(参照1, 参照2,参照3)にも書きましたが大学だけは確実にきれいになっていたのですが街のたたずまいとか住んでいたアパートの界隈などはほとんど10年前のままでした。この訪問で忘れていた事を結構リアルに思い出すことができましたがたぶん記憶はぼくのあまたの中で一種捏造されて悪い思い出はどんどん無意識の領域に追いやられていったのだと思います。
家族は今年こそはBaltimoreを訪ねるのだと意気込んでいます。
EMBO reportに Ratcliffe氏のlabからの論文
The FIH hydroxylase is a cellular peroxide sensor that modulates HIF transcriptional activity
が出ています。
すごく面白い視点ですね。でもこれは実はぼくも考えていました似たようなことを。10年前にいくつかの実験もして今でもdataを持っています。でも最後までまとめきることができませんでした。
EMBOってreviewのプロセスが公表されますよね。参考になります。
大学院生がどんどんデータを出してくれているのですがぼくのところで滞っています。
サクラが咲くまでにはどんどん片づけていきたいです。





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