家内が録画した韓国ドラマ「王女の男」を見た。
たぶん最後まで見続けると思います。

ID @5goukanさんのtweetをきっかけに東京財団から発表されている「国立大学法人化政策の課題とその対応」(参照1, 参照2)を読んで見みた。

書いてあることは様々な人たちが様々な立場から述べていることも含まれていてその意味ではもっともな事ばかりだとぼくも思う。
あまりにも大きな問題を論じるつもりはないのだがすこし書いてみようと思う。

受益者である学生数と運営費交付金の関係を見てみると、全学生数との関係では一部の規模の大きな大学がより大きな金額を受けていることがわかる(図1)。これらの大学、具体的には旧帝大がより多くの運営費交付金を受領するロジックについては全く不明であり、前例踏襲の恩恵を受けているだけともいえよう。

とある。
旧帝大-という言い方も時代かかっているが-学生あたりで換算すると多くのお金を国からもらっているらしい。

グローバルCOEは「専攻」組織全体へ資金が入るので、リーダーとなる研究室のみならず、成果の上がらない隣の研究室でも恩恵を受けられるため、資金が分散して非効率になっているばかりか、大学→研究科→専攻→指導教員→学生の順で資金が流れるので、学生の隷属化が加速してしまうとの問題もある。

ともある。

しかしこの10年のぼくの研究費の推移を考えると某独法研究所にいたときは潤沢とは言えないまでも研究の遂行に不安が無いくらいの金額があったもののそれ以降は文字通り自転車操業だった。
今の職場に移ってからも,何とかCOEなどの「恩恵」に預かったことはない。「成果の上がらない隣の研究室でも恩恵を受けられるため」ってウソです。

ここ10年研究の方向性が大きく変わりいわゆるhigh impactな雑誌に論文を掲載されるためには従来型のWestern blot, RT-PCRなどで構成されるデータだけでは不十分な場合が多い。少なくとも遺伝子改変マウスとかいわゆる”omics”的なデータが求められる。お金がかかるようになってきていると思う。

high impactな雑誌に掲載された論文ほど引用が多くなる。ぼくの論文で引用回数が500回をこれている論文は二つあり一つはGenes & Developmentにもう一つはPNASに掲載された論文だ。(Genes & Developmentは10年ほど前はScienceに匹敵するimpact factorを雑誌であったがいまでは計算上のIFはそう大きくない。PNASをhigh impactな雑誌だと考えない人もいるかもしれない。)
逆にすごくhigh impactな雑誌を選択しない場合そうお金がかかるわけでは無い。

一方,Journal of Biological Chemistryの論文でも300回くらいの引用回数のものもあるし,Biochemical and Biophysical Research Communicationsでも100回程度の引用は内容に依っては簡単にいく。
細胞生物学の分野で10年間で300回引用されたJBCの論文と30回引用されたNatureの論文のどちらを優れた論文を考えるかは個々の研究者に依ると思う。

大きなお金はがぼくらのような研究者に廻ってくる可能性は低いのであるが,研究費ゼロでは困る。

御大も言っておられます(参照)

国難の時には、選択と集中は最悪の策と思うべきです。所詮、人間の選択の策なんて愚かなものです。でもそれが分かったときには、企業だったらお陀仏かもしれません。野武士やベトコンを可能な数温存すべきです。
国立大学や公的研究機関のパワーを復活するに広く広くの策浅くてもいいのだ、といいう策をとる、これしかありません。いろんな可能性を国家として一生懸命しらべる時なのです。

さらにこうもおっしゃっています

問題なのは、沢山研究費をもらっている人達までもが、自分は大変なのだ大変なのだといって、合唱に参加してくるのです。でも次元の違う困りかたのはずなのですが。でも、外から見るとなにがどう困るのか、よく分からないかもしれません。

やはり研究費も一定部分は「じゃんけん」とか「くじ」とかで配分すべきだと本気で思っています。

東京財団の報告では

国立大学法人の授業料は82大学横並びで有意差は無く、文系、理系、医歯薬系を問わず統一金額であり、学部、修士、博士の間にも授業料の差は基本的に無い。そのため、学生が受ける教育研究サービスは本来同じであるべきにもかかわらず、図1から容易に予測されるとおり、運営費交付金の配分額から見て、学生個人が受けられる教育研究サービスに大学間で大きな格差がある。

これは給与の面にも言えることだ。俸給表は文系、理系、医歯薬系を問わず教員なら一緒。家で「研究」していようが,病院で夜中まで働こうが差は無い。これは何とかしてもらいたいとは思う。

私立大学に在籍したことはないのでよく解らないが国立大学の臨床部門はすごく事務関係の仕事が多い。職務に付属している仕事なのでこれを雑用というのが適切かどうか解らないがとにかく仕事は多い。ぼくの場合,4月からは事務仕事が2倍になった。まさに正確に2倍。アンケート用のExcel fileを埋めるのに4時間も費やすこともある。インシデントレポートの二次報告を書けと云われてこれやっていたらあっというまに3時間飛んでいく。会議に出るだけでなく会議を主宰して資料の用意をする必要もある。
大学というところは不思議なところで役職に対して金銭的な対価は支払われない。
しかもこのような事務仕事をこなすために時間外に働いた分を通常超過勤務として請求することは一般的ではない。
金銭的な対価がないからか目標を達成できなくとも何もペナルティーはない。もちろん達成しても何ももらえないどころか誰にもほめてもらえない。
出世したい人はそういった役職につきたいのだろうがそう思っていない人に取っては迷惑にしか過ぎない。ぼくらのようい何時かは出て行くことが運命つけられているものにはその時期が閉められない状態でこれをさせられると精神的にも疲弊します。ぼくの次の就職先を保証してくれるのでしょうか。

これで研究に使う時間は確実に短くなるのだが,そもそもぼくらは研究して成果を出すことを期待されていないという話もありこれは研究能力の無さ故の自業自得だという考え方もある。であれば俸給表を教員から医療職とかに変更してせめて国立病院機構と同等レベルに変更すべきと思うがこれをやるとたぶん大学が金銭的に破綻する。

つまり「選択」されなかった人には,資金は「集中」されず研究とは無縁の仕事が「集中」するという訳だ。
文部科学省は相変わらずいろんなことをやっているようだ。
たとえば,「基礎・臨床を両輪とした医学教育改革によるグローバルな医師養成」の選定結果

以上のような現状を放置したまま以下の様な方策を講じても成果は上がらないと思います。
病院経営を見直しそこからでる利益を研究部門に投入していくようなスキームを大学が構築できるような規制緩和こそ求められるのではないかな。

これぼくの愚痴ともいえるが,皆が思っていることでもあると考えています。

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