土曜日の午前中に家にいるなど数ヶ月ぶりだと思います。
図書館や駅前のスタバで仕事をしてきました。
“落下傘学長奮闘記―大学法人化の現場から (中公新書ラクレ)” (黒木 登志夫)
岐阜大学の学長を少し前までされていた黒木登志夫先生の学長日記というような感じのエッセイです。
T島さんから教えてもらい読みました。
黒木先生といえば結局強烈な思い出があります。
もう15年くらい前、ぼくが大学院生だった時、神戸大学で開かれた癌関係の班会議に当時お世話になっていた 部屋のY教授と一緒にぼくも出席しましたー京大の理学部のT市さんは本人はこられず報告自体を院生にさせていましたー。T井さんが班長で今から考えても超豪華版の班会議でした。T井さんの助教授だったK淵さんがパシリをしていたり、東大のO山さんの発表にT井さんがかみついて端で聞いていてもちょっと寒くなる感じもありこの世界もなかなか大変なものがあるなとかなり考えさせられた班会議でしたーちなみにO山さんの話はその次の週に Natureに出ました。確かに訳がわかりにくい話で話し方が悪かったのですねー。お昼はみなで豪華弁当を会場で食べていたのですがここで黒木さんがおもむろに科学研究費の申請書を読むのが大変だとかそんな話を始めたのです。科学研究費の申請書を細かい字でびっしり書いてくる人がいて読むのに苦労する、そんな申請書は一見しただけで悪印象を抱いてしまうというような意味のことをもっと直裁的な表現でお話ししていたわけです。出席していた大物教授はフーンといった感じで聞いておられたのですが、当時若手だった横市の某教授などいたく反応して根掘り葉掘り質問を始める始末でこれまたびっくり。
というわけで黒木さんはこの班会議での出来事とともにぼくに記憶されることになったというわけです。
院生の時代にずいぶん班会議にでました。いきなりけんかが始まったり、夕食で大根踊りを始める先生がでたり、部屋の風呂でおしっこしたりする偉い先生がいたりとか、部屋のテレビでエロビデオ見てもいいですかと聞かれたり、基礎医学の先生方も困ったものだなと思った記憶があります。ちなみに大根踊りの先生はその後某大学病院の院長先生になりました。

ですが確かにおもしろいです。
岐阜大学病院が606床と書いてあったのですがびっくりしました。
“続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書)” (伊藤 真)が図書館に置いてありました。読みました。
これはなかなか気合いの入ったよい本だと思いました。
医者になるのにも特別な才能など全く必要ありません。入学試験があって学費が高いー一部の大学の学費は尋常でないほど高いですーのが問題なだけです。



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