大学院の先生の論文のfigureを投稿先のcomputerにuploadする作業に手間取ってしまいました。
tiffで7MBとか9MBだとかなので時間はかかることはかかるのですが今日は特に遅かったような気がします。
二年で一応仕事がまとまってぼくは満足です。隙はないと思っていますがどうなるかは解らないです。
figureのパーツは数えたら46個もあります。これ一つで十分だと思います。
NHKで放送された太宰テレビ「NHK太宰治 短編小説集」が iPadアプリになりました。
録画もしてあるのですが早速450円で買いました。10編で450円です。タダみたいなもんですよ。
これは本当にすばらしい番組です。
ベストを決めるのはむずかしい。
「カチカチ山」もいい、「走れメロス」も捨てがたいし、「畜犬談」にも度肝を抜かれた。でもやっぱり「駆け込み訴え」を推しておきます。
学位の講演会の季節です。
麻酔科でも一人講演会に臨んだ先生がいました。ぼくも「専門委員」という何やら意味の不明な役目で参加しました。
うちの大学の先生方も本気を出されると収拾がつかなくなることがしばしばあるのですが何とか時間内にはすべて滞りなく終了で無事今日の試問には合格という結果でした。どう考えてもそうくるだろうという質問がほとんどでしたしね。
おめでとうございます。
しかし麻酔科学特有な概念というのは実は時代遅れで誰でも解る言葉ですべて書き換えないといけないのではないかとも思いました。
JIから
J Immunol 1001442; published ahead of print January 3, 2011, doi:10.4049/jimmunol.1001442
これはかなり面白いと思う。
J Immunol 2011 186:764-774; published ahead of print December 17, 2010, doi:10.4049/jimmunol.0903421
これもいけてますよ。少し複雑だけど。
今朝すごく怖い夢をみたのですが今夜も同じのみたら発狂するかも。
今日は当直でついさっき研究室に戻りました。
今日ー正確にはもう昨日ですーの午前中に院生のT先生の学位審査のための講演会がありました。
大学の教員になってからぼくの研究室で研究をして博士号をとった先生方はT先生で8人目です。そのうち学位のための審査会に出席できなかったのはぼくがアメリカ滞在中に審査会が開かれたT内先生の場合だけだったのですが今回は同じ病院内にいながら出席が叶いませんでした。
今回の出来事は今後の自分の身の振り方を決める上でかなり大きなことになる予感がします。
上から見た処理車
朝日新聞より
というわけで今日散々な目にあいました。
ぼくの職場は事件のあった建物の四階にあります。大きな影響を受けました。
おまけに警察相手に喧嘩をするはめになりました。
警察は何を考えていたのか初めの段階では患者や職員の避難を明確に指示していませんでした。
それ故ぼくたちの手術室では患者を入れて午後には手術を実施していたのですがある局面になり警察は突然、一階と二階の患者と職員の避難を病院当局を通じて指示してきました。その段階では、四階にあるぼくらの手術室にはその避難指示は及んでいませんでした。しばらくすると病院の係員が受付の派遣の事務員に対して患者と職員の避難を指示してきました。ぼくは責任者なので手術中でありすぐに避難はできない旨を告げると一緒にいた警察官と思しき人物が”じゃあ いいです”というのです。意味を問い返すと”手術中なら仕方ないので避難しなくていいです”といいます。かなりカチンときたのでその人物に氏名を明らかにするように求めると”なんで”とか言うので”もちろん後で問題にするのだ”というとその警察官らしき人物はそのまま逃げてしまいました。その二三分後に避難指示が解除されました。あの人達はなんだったのでしょうか? ホントに腹が立ちます。
すごく早くからカメラを持った人たちがうろついていました
”ホスピタルストリート”という名前の病棟と外来をつなぐ通路が地下から四階まで封鎖されたので大変困りました。
ぼくらの手術室と中央診療棟に掛かっている連絡橋が唯一の通路になりました。
溜息の橋
月曜日の午後ぼくと研究を進めてきたW松先生の学位審査の為の講演会がありました。
プレゼンテーションのパートは予演会と比較して格段に良くなていたと思います。
質疑応答では、かなり上がっていたのでしょうか、どうっていうこともない問いへの返答に曖昧であった部分もありました。
また審査委員の質問に迎合的な受け答えをする必要はまったくなかったと思います。堂々と自分の主張を展開すれば良いのです。審査員が自分より当該分野において学識が高いとう前提が先験的にあるわけではありません。
今まで10回以上学位の審査にいろんな立場で立ちあっていますが今日の某教授の質問というかコメントと言うか試問ははじめてきく面妖なものでした。
今回の学位の審査に提出した論文はぼくの研究室ですでに確立しているいくつかの実験手法を利用してある薬剤の細胞の低酸素応答への作用を検討したものですが、それが問題だというのです。
ぼくは学位というものは特別に新しい発見をしたとかそういったことに与えられるわけでなくその個人の独立した研究者として研究を遂行する能力に与えられるものだと思っていました。つまり既存の方法論を用いてある種の問題を解く力が備わっているのであればそれは学位に値する、というふうに考えていました。実験がくだらないとか結果が平凡であったとかそういったことで学位は否定されるものではなく論文が立派であっても試問の結果馬脚が現れてしまったような場合には学位は危うしということになっても仕方ないということです。既存の方法論をそのまま援用した研究に問題があるのであれば例えば遺伝子をノックアウトして”予想もしなかった”表現型が出たという実験事実を報告した論文では学位は取得できないということになるのではないでしょうか。犬もあるけば棒にあたる実験は額に値しないのか
あの試問の仕方には大きな問題があったと思います。久々に腹が立ちました。