ここ数年朝遅くまで寝ていることができなくなっています。
日曜日でも遅くとも7時には起きて活動を始めてしまいます。何も無ければ午前中は駅前のスタバ-徒歩10分-で仕事をします。休日は8時から開いているのですが一番乗りと思っても大抵人が何人かいます。9時,10時と遅くなるに従ってどんどんと席が埋まり11時にはほぼいっぱいになります。長居を決め込んでいる人も相当の割合いてあれで儲かっているのかこちらが不安になります。阪急池田のような田舎でもそうなのですから都会は大変そうです。
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日曜日の午後久々に家内と映画館に行きました。たぶん数ヶ月ぶりです。大阪駅の映画館で観たのは「ローマ法王の休日」。 イタリア映画です。こんな映画がよく公開できたなと思います。カトリック教会も随分鷹揚だと思いました。
病気療養中の法王が亡くなったので選考会が開かれたのですがなかなか決まらない。何度かの投票にしびれを切らした枢機卿達は無難な候補に票を集中させて新法王が選出されたのにその法王が…という内容です。
「偉く」なりたいと思う人はいくらでもいると思いますがそうなりたくない人もたぶん同じくらいの数いると思います。
日本の天皇は選考されてなるのではなく生まれた瞬間にそうなることがほぼ決まってしまいます。あの人達が極端に頭が狂わず一生をまっとうできるということはそれはそれで考察に値することではないかと思います。
日本には「位打ち」という呪詛の一形式があるそうです。(参照
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人間の進歩について 小林秀雄全作品〈16〉 論文の捏造が話題となっています。
小林秀雄に「真贋」という文章がありり以前にこのブログでも紹介したことがあります。(参照
査読に廻ってくる論文をその論文の枠の中だけで「真贋」を見分けるのは容易ではありません。データが気持ち悪いくらいにそろいすぎていて妙だ思ってもそれを理由にその論文を否定することはできません。実験データを全て提出してもらえば解ることもあるのでしょうが論文一つでいちいちそれをやっていたら収拾がつかなくなります。余りに汚いデータの論文を見るとウソはついていないのだろうと思いますが汚すぎて結論が導き出せるはずがないと判断しなくてはいけない場合もあります。
実はこの小林秀雄の小文も実は事実と微妙に異なるようです。(参照)もちろん小林秀雄が話が面白くなるように脚色したのでしょう。 日曜日に湯川秀樹と小林秀雄の対談「人間の進歩について」を読み返しました。 すごく新鮮で示唆に富む対談だと再認識しました。

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昨日はイチローの移籍ですごく盛り上がっていました。
新聞報道によれば彼は

「20代前半の選手が多いこのチームの未来に、来年以降僕がいるべきではない。マリナーズのユニホームを脱ぐのは難しい決断だったが、環境を変えて刺激を求めたい気持ちになった」

というような事を話したそうです。
余りに長い間一つの組織にいるのはよくないと考えています。医者になってから長くとも3年で職場を変わってきたのですが今回はすでに8年目です。若い先生方主体の教室になるのがよいと思います。
自分を何からの理由で積極的に必要としてくれる職場に移れればそれはそれで幸せな事だと思います。
New York Timesによれば

“I came over here wanting to be a help and help this team win,” he said through an interpreter. “Whatever order that is, whatever position it might be, I am here to contribute.”

こんな気持ちです。
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Mountain Lionのダウンロードが進まないので今日はあきらめました。
日曜日に紀ノ国屋で幼少の帝国: 成熟を拒否する日本人を立ち読みして買おうと思ったのですが止めました。
家に帰って,amazonで見てみたら古本がすごく安く出ていたのでそれを注文しましたー結果としてほとんど新品の本が送られてきましたー。
これ面白いです。第四章では高須クリニックの高須先生が登場して熱弁を振るっていました。
人間の進歩について 小林秀雄全作品〈16〉

幼少の帝国: 成熟を拒否する日本人

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当直も完徹が二回続くとどんどん疑心暗鬼になってきて今日も寝られないのではないかというストレスにさいなまれます。

ホントに完徹すると脳内の分泌物が出っぱなしになって最低一日は妙な気分が続きますね,精神的に。

駅で村上龍さんの「無趣味のすすめ
」が文庫本になっているのを見つけたので買って電車の中で読んだ。確か,以前は図書館で借りた本で済ませたようような。
帯には「こんな時代を生きるための指針を示す,ラジカルな箴言集」とある。
まあここまでの内容とは思わないのですが,村上節が炸裂しているよい本だと思います。
電車で読むのにもぴったりの分量です。

「最高傑作と「作品群」」というエッセイがあります。
芸術作品や文学などで誰それの最高傑作と云うときには「作品群」というような一連の作品が前提として存在していないといけない。例えば科学者で論文が一つしかないのにそれが私の最高傑作ですと云ったとしてもそう判断でき無いよというような話から説き起こされていくエッセイです。
科学者でも体系的で重層的な論文群があるような人はとりあえずsomebodyとしてとらえられるだろうしそういう作品群がない間はその人はnobodyと扱われてしまうのだろう。
科学論文においてどのようなものが傑作と云われる論文と見なされるのかには決まった規則がない。まず10誌くらいのトップジャーナルに掲載されるような論文にはある種の傑作性があるのだとは思う。数年経てば引用回数の統計も出て来るのでその時期まで行けば衆目により傑作というのは定まっていくのかもしれない。
ともかくも一貫したテーマによる「作品群」の構築が重要なのだろう。
またそのような作品群の構築は趣味とは云わないだろう。
などということを北へ向かう列車で考えました。

ぼくも研究を始める前には研究というのは楽しいものだろうと思っていたし小さな実験に成功したりするとそれなりに満足感も得られていたのだが,院を終わってからは何というか楽しいとかそういったことを思った事は無いのです。自分の予想通りの結果が得られたり論文が出版されたりするとある種の快感は感じるのですがだからといって別に楽しいとも思わないし,最近では院生の論文が出るとまず思うことは「よかった」ということでこれは楽しいという感覚とは全く別物なのです。
なのでぼくにとっては研究は趣味ではないのだと思います。だからといって現在研究が仕事というほど大きな存在かどうかもよくわかりません。

研究もホントやってみないとわかりませんよ。>新院生
頭のいい人はちょっとやって合わないとか云いますけど普通の人は愚直に何年かしないとわかりませんよ。ぼくなんて4年で学位を取れなかった劣等生だからわからないということがわかるわけです。

以前にこんなエントリーを書いたことがありました。
「小僧さん」から「番頭さん」になることができたらすばらしいと思います。
「箱や極めのないニセ物なぞないのである」というのは名言ですね。

しかし週末にかけてやってしまねばならん仕事は多い。さっき重要なもの三つ思い出しました。これが終わらないと…
某学会も準備は途中までしか進めてないので最終段階まで進めないといけないです。今回は3回登壇する事になるな。その他某審査員。

無趣味のすすめ 拡大決定版 (幻冬舎文庫)

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学会でしばらく更新が途絶えていました。今日の日当直でまた日常生活へ回帰することになりました。

知の旅への誘い
知の旅へー食べもの、味分けるということ
の続きです。

味分けるとか見分けるといえばニセ物とホン物の区別と言う事になります。

またまた小林秀雄の登場ですが、科学者たるもの小林秀雄の”真贋”と”骨董”は読んでおく必要があると思います。

狐がついて」骨董の世界に足を踏み入れた小林秀雄の告白というかそんな小文ですがこれがおもしろい。

こんなことは研究にどっぷり使っている人にはよくわかっているのだが妙に理想的な印象をいだいているだけの人には分からないことの一つに例えば論文にニセ物とかホン物とかの区別はなかなかつけられないということがある。
捏造だといわれてもなお最後まで真相など分からない。裁判になれば明確な証拠がなければ捏造もなかったことになる。

偉い人がいうのでホン物だとか、ぼくみたいなチンピラがいうのでニセ物くさいというようなこともある。
しかし、実験を実際に自分の手でおこなったヒトにとっては実験事実は事実であり自分の発見は、価値があろうがなかろうがホン物なのだという信念はあるのである。

しかし、この世界、ホン物であろうがイケてないものはあるのでありイケてないものばかり世の中に送り出しているだけではどうしようもないということになる。

ここら辺の事情がわかるようになれば「小僧さん」から「番頭さん」に昇格できっかけがあれば「暖簾分け」してもらいえるということになる。
自分の店を構えればどんなに店が小さくとも、作品つまり論文に兎や角直接言ってくれるヒトはめっきり減って後は陰口を叩かれるだけになりその果てに朽ちて行くヒトも出てくる。

まあこんなことが骨董品の世界に仮託して書いてあるわけです。

「骨董」「真贋」はモオツァルト・無常という事 (新潮文庫)に入っています。たったの500円。

よくプレゼンテーションが大切とか言いますけどぼくはあんまり信じていません。

「箱や極めのないニセ物なぞないのである」と小林秀雄も言っています。

知の旅への誘いではブリア=サヴァランが「美味礼讃」で「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」という言葉が紹介されている。
NANAにナナがバンドに参加してきた真一に「リスペクトしてるギタリストは?」と尋ねるシーンがあって、本質的には同じだろう。

例えばリスペクトする生物学者を3人上げろといわれたらどう答えるだろうか?

フランシス・クリック
梅園和彦

と一応

グレッグ・セメンザ

ということにしておきますがこの質問であなたがどんなヒトか当てることは可能だ。

本当なもう一人いるのだかが名前を書き込んだだけでぼくのiMacがぶっとんだら困るのであえて書きません。
ハリー・ポッターでヴォルデモートが”He who must not be named“と呼ばれているようなものですね。

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

先週のNatureに

HIF-1 antagonizes p53-mediated apoptosis through a secreted neuronal tyrosinase

Nature 465, 577–583 (03 June 2010) doi:10.1038/nature09141

が出ていました。線虫において低酸素誘導性のリモートプレコンディショニングにHIF-1が関わっているいるという報告です。皆が追試するだろうな。
ぼくの部屋でもやってみようと思います。戦略はもう立ちました。あとは誰が実験するかですね。

 

知の旅への誘い (岩波新書 黄版 153)

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