Archive for the ‘哲学’ tag
学会お終い
今日で学会お終いです。
学会に出かけると遠くでがんばっている先輩、同期、後輩と会いますがこれが学会の最大の効用ですね。
学会の行き帰りで今日は
を読みました。電車の中は読書がよくできます。
先週図書館で一冊残っていた新書を借りたのがこの本です。
”第四章「傍観者」ではダメなのか?”
には動かされました。
とにかく自分の努力でできることはどんどん進めよう。
悪夢ー実存は本質に先立つ
金曜日の夜にみたのはまさに悪夢でした。
廊下を歩いていると患者がストレッチャに乗って運ばれてきました。心電図をモニターされていて通りかかっただけのぼくはT波が高いなと思っていたのでガス分析が必要だと思ったのですがなぜかトイレに行ってしまいました。帰ってきてみると患者はvfになっていました。なぜか気付いたのはぼくだけで除細動器持ってきてと叫んだところ器械はすぐに手に入ったのですがぼくは出力をいくらにすべきかがその場でわからなかったのです。ACLSの講習を受けていないからバチがあたったのだと思ったときに目覚めました。患者はどうなったのかもちろん解りません。
こんな夢をみるなんてこんな人生が悪夢のようなものだと思いました。
今日のO田先生の学位の講演会はかなりの苦戦を強いられました。質問というかコメントもはじめから厳しめでなかなか答えずらかったと思います。途中からHIF-1とは別の質問に突入してしまいましたね。
審査の先生方の質問に全部答えることのできるデータがあればPLoS Oneになんて出しませんって。
さすがにぼくは一つを除き質問にはどう答えるべきかはわかっていましたが、O田先生がすべてにぼくが思ったように答えられなくともこれは仕方ありません。
今日はゆっくり寝てください。
昨日家で本の整理をしていたら
を見つけて、結局読んでしまいました。
この物語今まで何度も映画やテレビドラマになっているようです。
青洲役で市川雷蔵、加恵役で若尾文子、於継役で高峰秀子などの豪華版もあれば
谷原章介、和久井映見、田中好子というような組み合わせや、森光子が於継役というコミック版かと思うようなのもあったようです。
もう一冊読んだのは
“サルトル全集〈第13巻〉実存主義とは何か (1955年)” (人文書院)
現在この旧い版ー何と320円ーは絶版で“実存主義とは何か” (J‐P・サルトル)がかわりに出版されているようです。
高校生の時に読んで影響を受けた本です。今までの人生で最も影響を受けた5冊を挙げろと言われてもこれは入ると思います。
今週の一押し:2008-#31:”ゲノムと聖書”
“ゲノムと聖書:科学者、〈神〉について考える” (フランシス・コリンズ)
The Language of God: A Scientist Presents Evidence for Belief
J. Watsonの後を襲って米国のヒューマンゲノムプロジェクトを率いたFrancis Collins (参照)の著作の翻訳です。
科学者とくに生命科学者であることとキリスト教の信者(コリンズ氏は、only nominally Christianである両親に育てられ若いことはatheist-無神論者-であったが医学部で学ぶ過程で福音主義キリスト教徒となった)であることが両立するのかという問題が論じられます。
コリンズ氏のあまりに率直な書き方にひどく驚きましたが、ドーキンスの『神は妄想である-宗教との決別』やグールドの『神と科学は共存できるか?』よりは親密な感情を抱きながら読み進めることができました。
圧巻は第11章「真理の探求者たち」だと思います。よくここまで書いたなと感心します。原書の副題”A Scientist Presents Evidence for Belief”がこの章でいきています。<神>について考えるというよりやっぱり<信仰>について書かれているのだと思います。神を<信じる>ことと科学者であるということにどう整合性が着くかこれがこの本の主題だと思います。
解説書として読むのなら
第III部の
第7から第10章を読めばだいたい事足ります。だいたい以下の4つに分類できるということです。
- 無神論と不可知論
- 創造論
- インテリジェントデザイン
- バイオロゴス(参照)
コリンズ氏の立場は#4です。
有神論的進化論(Theistic Evolution, EV)でありかれがバイオロゴスと呼ぶ考え方です。名前はいかめしいですがそう複雑な概念ではありません。
ぼくには1と2の違いは如実だと思いますが、1と3,4の差は実はぼくにはピンときません。
翻訳も悪くないと思います。



