昨年出版され米国でロングセラーとなっているThe Immortal Life of Henrietta Lacksの日本語訳が出版されるようです。以前紹介しました (参照1,参照2)
Amazon.comのkindle eBookもいまだにかなり売れているようです-$9.83です-。確かに読み応えのあるnon-fiction作品です。実験でHeLa細胞を使っているような人であればかなり面白いと感じると思います。邦訳がどの程度のできなのかは読んでいないので解りませんが最近は悪い翻訳本は随分と減ってきました。
あるとすれば大きな教科書を何人もの医者が訳しているというような場合に限られてきているのではないでしょうか(具体的に名指しをするのは差し控えますが,ぼくらの領域にも何冊かあります)。
生物学の研究において独創性とはどのように定義されるかというのはすごく昔から議論されてきた問題です。
生命科学まで間口を拡げればiPS cellの研究などは発明だし,創薬などについては独創という概念は比較的に適応しやすいと思いますが基礎的な生物学は生物が生物たる構造や機能の解明が目的である以上,また生物はそこにあり生きている以上,その仕組みを人間が”創造”するということはあり得ないとぼくは考えています。蛋白質や遺伝子のクローニングなどもその最たる例でしょう。対象となった蛋白質,遺伝子は研究者が見つける以前に存在しています。研究者はそれを「発見」しただけです。
発見法に新奇性はあったとしても蛋白質,遺伝子自体を「創造」したわけではありません。
そういう状況の中でまったくのconventionalな手法である性質を持つ蛋白質を同定して解析するという手法は健在です。
MCM Proteins Are Negative Regulators of Hypoxia-Inducible Factor 1
Molecular Cell, Volume 42, Issue 5, 700-712, 10 June 2011
GLS研ではこの手法で過去にいくつもの論文を報告しています。質量分析計を利用するようになりプロセスが高速化しているだけです。
そもそもHIF-1自体も考えられるもっとも正攻法を用いて単離された転写因子です。彼の方法論の根底にこれらを可能にする何かあるのだと思います。二年半彼といてかなり解ったと思ったのですがまだまだです。
同じ号のMolecular Cellに
A HIF-1 Target, ATIA, Protects Cells from Apoptosis by Modulating the Mitochondrial Thioredoxin, TRX2
Molecular Cell, Volume 42, Issue 5, 597-609, 10 June 2011
も掲載されていました。これはなかり興味深い論文です。
TRXとHIFっていろんな経路で深いつながりを持っています。その一端ですですね。
そうそう「細胞を創る」というような研究も最近あります。
平野啓一郎さんの小説「決壊」が文庫本になったようです。
以前に紹介したことがあります(参照)。
上・下合わせて1360円。タダみたいな値段ですね。
月曜日に投稿していた院生のKさんの論文の審査結果が帰ってきました。
初回は6人のreviewerにいろんな事を言われたのですが今回は3人まで減ってコメントもほとんど些末な事項になっていました。でも,一つだけ言っていることがよく理解できないコメントがありここ二日づっと悩んでいました。共著者のH田さんにアドバイスを求めたところナイスな指摘をしていただき疑問氷解です。よく考えたら初めの時のコメントもこのことを主に問題にしていたんですよ,reviewer1は。
というわけで追加実験無しでrevisionを終える決心がつきましたしこれで落とされることもないと確信しました。
久々ですねこんなにスカッーとしたのは。
ホントこうなると他人の論文を暢気に査読している場合ではありません。とっと問題点を挙げて残り一つをかたづけてしまおう。査読は一種の義務とはいえいくらやっても誰もほめてくれませんしね。自分たちの論文にはいろんな意味で人生がかかっているんだよ。
村上春樹の”What I Talk About When I Talk About Running”から
Pain is inevitable. Suffering is optional. Say you’re running and you start to think, Man this hurts, I can’t take it anymore. The hurt part is an unavoidable reality, but whether or not you can stand any more is up to the runner himself. This pretty much sums up the most important aspect of marathon running.
ほんと良いこと言いますよね。文学者の責任とかいって妙な政治的な発言などしなくて良いのに。
ぼく,中学生の時は陸上部でタダひたすら走らされていました。しんどいときに唱える言葉というか歌というか思い出すある情景がありました。研究でも臨床でも”しんどい”時に唱える「マントラ」って誰にでもあるのです。
気持ちのよい弦月でしたね。
全然わかりませんけど
研究室の歓迎会を開きました。
3人の院生を迎えることができました。
場所は亀甲屋というお店でした。
最初,店の名前を聞いたときどっきとしました。幹事のD先生の趣味かなと一瞬考えました。
だって「亀甲」って亀甲でしょう。
Nat Med. 2011 Apr;17(4):439-47. Epub 2011 Apr 7.
これってかなりよい総説だと思いました。
ホリエモンのブログに
「技術の継承とは」というエントリーがアップされていました。
これっていわゆる赤の女王の言葉通りです。
つまり,
ここでは、よいな、同じところにとどまっていたければ、力のかぎり走らねばならぬ。どこかにゆきつこうと思えば、その二倍の速さで走らねばならぬ
日曜日は日・当直だったのですがエライ目に遭いました。何時まで保つんでしょうか,ぼくは。「力のかぎり走る」のもつらいですよ。
というわけで書類作成完成したので帰って寝ます。
論文の査読も週に一つくらいのペースでやっていたら時間取られます。
どんなに効率よくやってもままる4時間はかかるんじゃないかな。下手な英語も書けないのでとっても気を使うし。いい加減こういう生活からは抜け出したいです。
大学院を出て助手になっててから9人の大学院生の指導をして医学博士の学位をとっていただきました。幸いぼくと一緒に研究している間に途中で脱落した先生はいませんでした。
「大学院生はおまえ(ぼくのこと)より頭が良いに決まっているのだから、その人達の邪魔だけはするな」ともう亡くなってしまった前の教授にいわれてから14年経ちました。
ぼくは大学院生としては劣等生でした。四年間、一年に350日以上は研究室で研究をしていたと思いますが4年で学位論文はできませんでした。そいう体験しかぼくにはない上に、学生は全員が全員研究者になるわけでないので何をどう指導するのか最初の頃は自分でもよくわかっていなかったと思います。その当時学生だった先生方には迷惑が掛かったと思っています。
学生には「研究というのはするもの」で「論文は読むものでなくて自分で書いて発表するものだ」ということがわかってもらえれば良いと思っています。ぼくは医者ですが手術室を離れれば基本的には基礎医学研究者です。ぼくの研究室にいる学生も基礎医学を学んでいるということになります。研究というのは「知ると都合の良いものを手に入れようとする好奇心でなくて、自分自身からの離脱を可能にするような好奇心でするものだ」ということを学生が最後に悟ればこれ以上の事はないと思っています。
とにかく今研究室にいる4人の先生方がぼくの人生の最期の学生となるでしょうから、研究に打ち込んで立派に医学博士になっていただきたいと思います。「弁道」に邁進してください。






