サクラが咲いています。病院の駐車場のサクラも8分咲きとなっています。
毎年この時期に「桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅 (岩波新書)」を読み返します。
京都を訪れる観光客もこの時期増えて来て外国人の観光客もかなり目立つようになっています。
今日地下鉄に乗っていると三人の外国人に声を掛けられ結局彼らは英国からの旅行者だと言うことがわかったのですが最後になぜか写真を撮られました。意味が最後までわかりませんでした。
最近はこのサクラの時期に文部科学省と学術振興会がスポンサーの科学研究費の交付内定の通知がなされます。電子申請システムを通じて事務からの通知がある前にかなりの事が解るようになっています。
多くの普通の研究者にとっては大きな関心事の一つです。
毎年秋に提出した申請書がその分野の「学識の高い人達」によって審査されてその結果が発表されるわけです。
この科研費が取れないと研究の支障が生じて大変困ったことになります。
一人でいくつも申請ができるわけではありませんが重複制限に抵触しないかぎりの申請を毎年ぼくでも試みるわけです。共同研究者の研究を一部分担することにより取得する研究費もあります。他省庁や民間の研究費もありますが臨床活動もしていて書類を作成する十分な時間が取れません。秋の10日くらいをかけて一気に仕上げてしまいます。ほとんどは一日で書き上げてしまうのですがそこから削って,削って,少し足して完成させます。
目標はぼくの場合,平均して年間1000万円です。これだけ集めるとぼくの研究室を維持することができます。つまり大学院生4人が実験を継続するためにはこの程度の資金が必要だと云うことです。
これ以上あればいろんな事ができるかも知れませんが,これより少ないと大変困ります。自分の集めた研究費でやりたいというのが職業研究者のぼくの矜持です。
以前在籍した研究所では,外部資金を一円も獲得しなくともこれ以上の研究費が支給されていました。精神的に楽でしたが今やそれを望む事はぼくにはできません。
小説「1Q84」のヒロイン青豆も云っています,「でもしかたない。与えられたものでやっていくしかない。」と。
まだ読んでいなかった竹内薫さんの「科学嫌いが日本を滅ぼす―「ネイチャー」「サイエンス」に何を学ぶか」を読みました。
科学専門誌でない一般月刊雑誌「新潮45」の連載をまとめたものだそうです。
それゆえとても一般読者にも解りやすいものになっています。科学に直接携わっている人が読むと物足りなさを覚える部分のあるかも知れませんがちりばめられているエピソードが結構おもしろく一気に読めてしまいます。
科学上の捏造,盗用も取り上げられています。
今週報道された東京大学の一件には驚きました。(参照 御大のtweets)
実際に何が起こったのかはぼくらには解らないので何ともいえません。
非常に不可解な一件です。
「京都大学新聞」という新聞がなぜか発行される度に配達してくれます。
最新号に京大ルネの書籍売り上げ年間ベスト100が掲載されています。
ベスト10を挙げてみます。
「武器としての決断思考 」がダントツです。
今度「図書館」シリーズを読んでみようと思います。
- 武器としての決断思考 407冊
- 思考の整理学 318冊
- 恋文の技術 299冊
- プリンセス・トヨトミ 280冊
- 図書館戦争 271冊
- 「大発見」の思考法 265冊
- 夜は短し歩けよ乙女 211冊
- 図書館危機 208冊
- 四畳半神話大系 200冊
- 図書館内乱 198冊
Natureから
Nature 464, 957-958 (15 April 2010) | doi:10.1038/464957b; Published online 14 April 2010
日本の科学関連研究費の配分に関するNatureのeditorial
The government should make sure that the country’s basic foundations for science are in good repair — and that it is seeking out the most creative projects.
のようなことが書いてあります。読み飽きたような論説ともいえますが読んでおくのが良いと思います。
書評から一つ
Calibrating the scales of suffering
Nature 464, 981 (15 April 2010) | doi:10.1038/464981a; Published online 14 April 2010
Do Fish Feel Pain?
by Victoria Braithwaite
Oxford University Press: 2010. 256 pp. $29.95, £14.99
の書評です。サカナの痛みについてですが案外と面白い示唆が…
金曜日と日曜日と会食の機会がありました。
金曜日は京都で行われていた国際腎臓学会への参加のため上洛中の先生方と日曜日は大学の同級生10人とでした。
その合間1Q84読みました。
Book3の展開はいろいろと予想していましたが、プロットしては意外とベタな収め方だったと思います。結末だけで言えば、”ノルウェイの森”のワタナベくんと緑、”ダンス・ダンス・ダンス”の僕とユミヨシさんが迎えるラストを凌ぐものと思います。今や日本を代表する国民的な小説家としてはこの結末意外にはありえなかったのでは。
Book1, Book2を読み終えた時点で、Book3があるだろうとは簡単に予想できましたー4月までずれこみましたがーがBook4は無いと思います。ここまで来た以上これ以降は別に “1Q84″というタイトルの小説である必要はないと思います。”羊をめぐる冒険”から”ダンス・ダンス・ダンス”が生まれたような形式でもいい。という訳でBook4は無し、と思っています。
Book3はかなり理屈っぽいと思います。Book1, Book2を受けてある意味無理やりあの結末に持っていこうとしたのでしょうか。青豆ー天吾のかわりばんこの構造をあえて牛河ー青豆ー天吾としたころ。牛河のパートで青豆ー天吾から一歩引いた彼らに関する客観的な情報が加わっているところなどすこし違和感は覚えました。青豆ーこれは苗字、天吾は下の名前ーの名前まで明かされるのですからこれには参りました。
またこの小説のタイトル1Q84を意識してか青豆のパートに青豆の主体的な決意が書き込まれていきます。
例えばp476
ここにいることは私自身の主体的な意志でもあるのだ。彼女はそう確信する。そして私がここにいる理由ははっきりしている。理由はたったひとつしかない。天吾と巡り合い、結びつくこと。それが私がこの世界に存在する理由だ。いや、逆の見方をすれば、それがこの世界が私の中に存在している唯一の理由だ。あるいは合わせ鏡のようにどこまでも反復されていくパラドックスなのかもしれない。この世界の中に私が含まれ、私自身の中にこの世界が含まれている。
これにはヒットされました。理由は今回は書かないこととします。
ある意味 Book3は難解です。たぶん家内はbook3を読破できないと思います。あんまりエロいシーンも無いし。
ゲイのはずのタマルが若いときの子どもが一人いるのだと告白するあたり深読みをすればできなくも無いのですが、安達クミとかフカエリと何らかの関係があるのでしょうか。
というわけでBook3は普通の小説ではありませんね。
本屋で積んであった本です。
Google 英文ライティング: 英語がどんどん書けるようになる本
googleの検索窓にワイルドカードを使った英文の断片を入力することで英文チェックをするという比較的に古典的な方法の解説書です。
例のやつかと思ったのですが立ち読みをしているうちに意外といいかもと思い直し結局買いました。ざっと読んでみると”気付き”もあり値段の価値はあるなと思った次第です。
The Physics of Oxygen Delivery: Facts and Controversies
Antioxidants & Redox Signaling. March 15, 2010, 12(6): 683-691. doi:10.1089/ars.2009.2519.
スゴク良い総説です。
Antioxidants & Redox Signaling. March 15, 2010, 12(6): 713-742. doi:10.1089/ars.2009.2609.
初めの1/3位はぼくらが1990年代の後半に提案した概念の解説になっています。
Emerging erythropoiesis-stimulating agents.
Nat Rev Nephrol. 2010 Feb 23
Redox-optimized ROS balance: A unifying hypothesis.
Biochim Biophys Acta. 2010 Feb 19
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Natureのweb siteに面白いnewsがありました。
German paper chase to end
ドイツでは7月から
someone applying for a year’s funding will be able to include only two publications closely related to the proposed project and a maximum of five other papers illustrating their scientific career.
となるのだそうです。良い申請書を提出するだけなら簡単かもしれません。ghost writterを頼めばよいのです。その申請の実現可能性を担保するのはやはり過去のpublicationでしょう。二つで十分とも言えますがそれで大丈夫なのかという議論もあります。結局評価者の実力が問われるということになると思います。
“It is quality, not quantity, which matters,”
とありますがこんなことはわかりきったことなのです。問題はどうやって質を評価するかですから。









