土曜日術後インタビューを終えて久しぶりに映画を観るために「新梅田シティー」を訪ねました。(そういえばtaroと待ち合わせたのもここでした)
阪急梅田駅の茶屋町側の改札を出てヨドバシカメラの横を歩くのですがほんの二ヶ月ぶりのはずなのに景色が全く変わっていました。建築ラッシュです。
「新梅田シティー」につくとドイツ祭りをやっていました。映画のチケットをとってなお時間があったのでぶらぶらしました。
店がたくさんででいてグリューワイン,ビール,ソーセージなど売っていました。
映画館は「るろうに剣心」が大入り。アニメが好きそうとは思えない普通の女子で満員でした。ーちなみにぼくと家内は別の映画を観ましたー。
映画の最中に下痢になり10分ほど退場。何だったんだろう。グリューワインの呪いかもしれません。
上の階の映画館では「サルトルとボーヴォワール 哲学と愛」をやっていたようです。
その影響でもないのですが,帰りに立ち読みしたのが
「普通のダンナがなぜ見つからない?」です。
オーネットという結婚相談所の重役さんが書いた本です。その意味では,
「婚活したらすごかった」とはだいぶ趣が異なります。
「普通のダンナ」ってなかなかいないのだそうです。存在率0/8%。
〈会話普通50%×身長普通50%×清潔感普通50%×ファッションセンス普通50%×学歴普通50%×年収50%≒0.8%〉
オーネットってすごいですね。入会に10万9800円かかりますし、月々1万4280円も掛かるのだそうです。
ぼくも今年でもう22年以上結婚が続いています。家内は「ぼくを拾ってやった」と今でも言い続けています。
これまた土曜日の朝に,仕事をしていて淀井淳司先生が現在の所属をどうされているか調べるためにpubmed検索していたら日本血液学会の英文雑誌に
The discovery of ATL: an odyssey in restrospect.
Int J Hematol. 2011 Nov;94(5):423-8.
というエッセイが出ていることを発見しました。
早速読みました。
淀井さんが高月先生らと後にATLと呼ばれることになるT-cell lymphocytic leukemiaの二症例をNew England J Medに発表したのが1974年です。
吉田光昭先生らがウイルスを単離したのが1982年でIL-2 receptorのalpha chain (Tac抗原)のcDNAが単離されたのが1984年です。
内山卓先生はすでにお亡くなりになっていますが,高月清先生をはじめとしてこのエッセイの多くの登場人物に実際に会って話をしたことがあります。淀井さんからよく聞かされた話ばかりで知らないことは何も書いていないのですが文章となって並ぶと感慨深いものがあります。
初めて読む人には登場人物が多くてすこしと思います。なんでこの人とこの人が関係あるのとかも思うかもしれません。でも関係があるのですね。
淀井さんは結局このATL研究からADF(ATL-derived factor)を経てThioredoxinと来てTXNIPにたどり着かれました。留学中にやっていたCD23とかGIF研究も結局TRX研究に収斂していくのですからすごいとしかいいようがありません。
この物語の最後の15年くらいついてはぼくも生き証人です。
ぼくが淀井研に参加した時の話題の一つにNF-kBのレドックス制御という問題がありました。結局この問題の延長線上にぼくの学位論文も存在して院を終わってからしばらくはこのラインの仕事をしていました。ぼくは,ここから派生して低酸素の研究に移行しました。この間の事は
「麻酔」という雑誌の特集号に「周術期医学としてのハイポキシア生物学の探究」としてまとめてみました。
淀井さんのエッセイの最後は
I hope this essay will give encouragement to young generations to not simply follow contemporary paradigms or dogmas, but challenge them with one’s own wild ideas.
こう締めくくられています。淀井さんがいつも話していたことです。ATLの臨床からTXNIPまでつながる研究は確かにまったくもって淀井さんのオリジナルな研究のラインだと思います。その意味で天才です。(今日はすこしほめすぎました)
最後に久々に今日のtweetです。
ぼくは実験を始めて数年は全然データが出ませんでしたが,そのうちにすごく実験がうまくなりました。ネガティブデータはでるが実験を失敗するということが無くなったのです。たまに失敗すると誰かが邪魔しているんじゃないかとか思ったりしました。実験なんて右のモノを左に移しているだけですから極めたらほんと極まるわけです。何事も精進です。
< 追記>
すごい先生方はここに「祈る」というステップが加わります。
「—夢みて行い,考えて祈る—」です。
米国の新聞の日曜版というのは日本では信じられないくらいの分量です。New York Timesもその例外ではなくMagazineという長編の記事を集めた冊子が付いて来ます。これはon lineでも読むことができます。
この前の日曜日のmagazineに
“A Drug That Wakes the Near Dead”
というタイトルの記事が掲載されていました。
minimally conscious stateの患者を覚醒させる様々な試みのうち特にZolpidem (商品名Ambien)を用いた方法の詳細な紹介です。一読の価値がある以上に興味深い記事です。
麻酔の専門医資格をお持ちの先生方は当然知っている結構有名な現象だと思いますがこのようなドキュメンタリーになるとまた印象が異なります。
新聞の記事じゃイヤだという人は
General Anesthesia, Sleep, and Coma
N Engl J Med
Increased Arousal in a Patient with Anoxic Brain Injury After Administration of Zolpidem
American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation
Electrophysiological and behavioral effects of zolpidem in rat globus pallidus.
Exp Neurol
Am J Gastroenterol
Nature
をどうぞ。
以前「Mendeleyのめざすもの」というエントリーを投稿しました。
紹介したWiredの記事が日本語で読めるようになったようです。
雑誌「週間ポスト」に連載されていた徳州会の徳田虎雄さんのルポが一冊の本にまとまって出版されていました。
「トラオ 徳田虎雄 不随の病院王」です。
カバーに使われている写真をみてぎょっとします。本を読んでもっと驚きます。
現在徳州会系の病院で働いている友人がいます。何度も直接徳田虎雄さんに会ったことがあるそうです。話を聞いているとやはり「トラオ」には人を引きつける何かがあるのだろうと思いました。この本を読んで一端が解ったような気がします。
病室のテレビモニターから系列病院の会議や朝会の様子をチェックできるようになっているのだそうです。ただ者ではありません。
これは読むべきでしょう。
承諾書がどうのこうのといって一向にものごとが進まない某病院にいるのがばからしくなってきますよ。
< 追記>
トラオへのインタビュー(といっても変則的な文字盤をつかったもの)も満載です。
折しも「ムネオ」が娑婆に出て来たそうです。
もう怖いモノ無しでしょうからどんどんやってもらいたいと思います。
朝から日当直です。
未明までの嵐の様な手術室-(参照)-とは異なり日曜日は朝から今まで無風状態です。このまま月曜日の夕方まで乗り切りたいです。
昨日書店で見かけた「自分のアタマで考えよう」を電車内で読みました。
目次からわかるように、この本は、ちきりんが情報やデータなど何かの「知識」を得た時に、それをどう「思考」につなげているか、という“ちきりん流”「知識から思考への転換プロセス」について説明した本です。
とご本人も解説しておられます。
構成は次の通り。
<目次>
- はじめに
- 序 章
- 「知っていること」と「考えること」はまったく別モノ
- 第一章
- 最初に考えるべき「決めるプロセス」
- 第二章
- 「なぜ?」と「だからなんなの?」と問うこと
- 第三章
- あらゆる可能性を検討しよう
- 第四章
- 縦と横に比べてみよう
- 第五章
- 判断基準はシンプルが一番
- 第六章
- レベルを揃えて考えよう
- 第七章
- 情報ではなく「フィルター」が大事
- 第八章
- データはトコトン追い詰めよう
- 第九章
- グラフの使い方が「思考の生産性」を左右する
- 終 章
- 知識は「思考の棚」に整理しよう
- おわりに
この本の読者として「ちきりん」さんが想定しているのは近い将来就職活動をする予定の大学生と云うところかもしれませんがここでのknow-howというか方法論の適応範囲は日常生活全般に及ぶでしょうし例えば大学で行われている研究もその例外ではありません。
時間があったので目次に沿って少し書いてみます。
#「「知っていること」と「考えること」はまったく別モノ」
教科書に書いてあることや他人がすでに発表したことをいくら知っていていても研究者としてはどうにもなりません。このことを肝に銘じることは研究の初歩の初歩です。
むしろ知識をいったん「思考の舞台の外」に分離して自分のアタマで考えることが必要なのです。
#「最初に考えるべき「決めるプロセス」」
「「考える」とはインプットをアウトプットに変換することです」という言い方は実践的だと思います。
「実験」をたくさんしても「決める」つまり命題に解を与えることに結びつかない「実験」はタダの作業にしかすぎません。体力,精神力,時間,お金の無駄になる場合もあります。なので「決めるプロセス」を考えることは重要で,これを学ぶことが大学院の大きな課題の一つだと思います。
#「「なぜ?」と「だからなんなの?」と問うこと」
これにはうまいコメントが書けません。
#あらゆる可能性を検討しよう
構成要素に分解してあらゆる可能性を列挙できる力が付いていれば一人前です。
#「縦と横に比べてみよう」
これ重要です。本をじっくり読んで技法を理解して見ましょう。
#「判断基準はシンプルが一番」
判断の内容はいろいろあります。ぼくは研究で一番重要な判断は,プロジェクトを継続するのか打ち切るのかを決めるところだと思っています。ある程度十分な状況証拠があって始めたプロジェクトでも迷い道に入り込んでしまう場合があります。いろんな要素があるので判断が付きにくいときは2×2の単純なマトリックスを頭に描いて決めてしまうしかありません。
#「レベルを揃えて考えよう」
これって査読への反論の時に重要かもしれません。図44をよく吟味しましょう。
#「情報ではなく「フィルター」が大事」
自分独自の価値判断を持ってすべての事柄をフィルタリングする必要があります。
漠然と何かを解明したいという事だけではゴールにたどりつけません。「医学の発展に貢献したい」などという動機が如何に実際には役に立たないかを知ることになります。
テーマを選ぶ場合にも学問的な価値の他に,この仕事は一ヶ月で終わる一方これは一年かかるという判断をする必要があります。場合によっては「これはギャンブル」というテーマもありますがその場合,ある程度確実性の高いテーマと抱き合わせで望まないと学生をつぶすことになります。若くて資金が潤沢にある人はそれでも良いかもしれませんがそうで無い場合またあなたがポスドクや学生ならボスの根拠のない夢と心中する訳にはいかないでしょう。
また「フィルター」というか切り口をうまく創造してゲームの規則を決めることができれば一生食いはぐれることはないのだと思います。
あらゆる生命現象に「酸素が足りているかどうか」とそこから直接派生する事象からの観点を持ち込むことになったhypoxia-inducible factor の研究はその好例です。分裂酵母を材料に生命現象に切り込んでいった御大もその一人だと思います。
#「データはトコトン追い詰めよう」
データはまず自分で解釈しましょう。個々の実験データはinconsistentな場合があります。様々な原因があります。単なる技術的な未熟さが原因の場合もあるし本質的な事柄に起因する場合もあります。そのデータがどれくらいの確実度を持っているのかは実験をした本人しかわかり得ないことなのです。まず自分で質も含めてよく吟味するというプロセスを経ないとそのたびに整合性の取れないデータが並ぶだけで命題の解を与えることはできません。
その結果,他人が報告している実験結果が自分の実験結果が表面的に食い違ったとしても慌てる必要はありません。
#「グラフの使い方が「思考の生産性」を左右する」
ぼくはグラフで考えることはしませんが「KJ法」は今でも採用しています。 stickyな付箋紙に項目を書いて並べ替えたりして考えます。付箋紙を使わなくともOmniOutlinerで項目を書き出し順番や包含関係を考えます。
# 知識は「思考の棚」に整理しよう
まとめの章です。
また自分のアタマで考えることを研究を通して学ぶことが大学院の目的だと思います。そのためには必ずしも”有名”研究室に所属する必要はありません。「自分のアタマで考えよう」の方法論を愚直に実践することの方が重要かもしれません。
ただそう考えてくると「自分のアタマで考えよう」も「もしドラ」ー本は読んでいないのですが先日飛行機で映画を見ましたーも大して変わりが無いような気がしてきました。
御大柳田先生砲が炸裂です。どんどんやっていただきたいと思います。
今日の朝日新聞の朝刊の山形浩生さんによる「スティーブ・ジョブズ」の書評すごかったですね。当たっているだけに困ってしまいます。














