さっき”デー”の手術室に書類を取りに行ったときに中央と外来棟にかかっている”橋”から切れるような三日月が見えました。

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虹が大文字に架かっていました

前回
雑誌New Yorkerに掲載されたエッセー

The Truth Wears Off

紹介しました。
詳しく読んでみるととてもためになるエッセーだと改めて思ったので来年早々に journal clubで紹介しようかなと思っています。

以下の論文が参考になります。

Why Most Published Research Findings Are False

PLoS Med 2(8): e124. doi:10.1371/journal.pmed.0020124

Replication validity of genetic association studies.

Nat Genet vol. 2001 29: 306–309.

Any casualties in the clash of randomised and observational evidence?

BMJ. 2001 vol.322:879-80.

Contradicted and initially stronger effects in highly cited clinical research.

JAMA 2005 294: 218–228

データは再現性が命なのですが往々にして”再現”できない場合があります。定量的に完全に再現できるのが理想なのでしょうが同じ細胞株を用いて同じ人が実験をしてさえ定性的にしか再現できない場合もあります。こういったデータから導かれた結論ってどう考えるのか、とかそんな問題を考えさせられます。
そもそも出版された論文の 1/3は引用さえされないという事実もあるそうでそういった論文で再現性云々を論じても意味が無いとも言えます。あくまでも自分たちで観察した実験事実を正直に論文にするしかないのかもしれません。

それでも個々の実験者が最新の注意を払って行った実験から得られた結果にはその実験者にしか解らないがある種の”真実”はあると思います。これに価値を見いだせる人は研究を続けることができるし見いだせない人は続けられなくなってしまうのだと思います。

臨床かなりの規模のrandomized controlled trialでさえさまざまなタイプのbiasから逃れられないとすれば某学会の演題によくあるような20例規模の比較研究の価値ってどのくらいあるのでしょうか。また一方、そのくらいの数の症例数であっても自分で感得した”差”というものが決定的に重要な場合もあるだろうしその意味では何が意味のあることなのかは自分が決めるしかないという側面はあると思います。
ただ実際の医療の現場ではそんな高尚なことを考えずとも患者さんのケアはできるし考えない方がお金も儲かってよいという側面もあるかもしれません。

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