逸翁美術館,花冷え

On 2011/4/3 日曜日, in books, news, Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

典型的な花冷えの一日でした。

大阪府の池田市は阪急阪神ホールディングスの現在でも名目上の本拠地です。
登記上の本店は阪急池田駅と同じ住所にあることになっているのだそうです。
逸翁美術館で四月から「与謝野晶子と小林一三」展が開かれています。

毎回興味深い展示が小林一三のコレクションから行われます。
家から歩いて5分ほどの距離なので毎回訪れます。

その後梅田に出で映画を観ました。
「婚前特急」
これは傑作です。
観客の入りは少なめでしたが,面白い。一緒に行った家内はぼくが恥ずかしくなるくらい笑っていました。

「医者に博士号をー「生物学の革命」再読」
というエントリーを書きました。
これについて誤解の無いように少し補足しておこうと思います。
ぼくは医療というのは生物学研究より価値のあるものだと思っています。
これはあくまでぼくの個人的な意見です。またこれがぼくが今でも臨床に力点を置いた生活を続けている理由です。

また,臨床医学には確固とした方法論が存在してそれはいわゆる生物学研究とは必然的な共通点はないと考えています。
どちらも水準以上できる人もいる一方でどちらかはできるが片方はからっきしと言う人もいるし,当然的にどちらもダメという人もいます。
ただ,臨床でも研究でも「赤の女王」の言葉,

ここでは、よいな、同じところにとどまっていたければ、力のかぎり走らねばならぬ。どこかにゆきつこうと思えば、その二倍の速さで走らねばならぬ

という原則は等しく成り立つとおもいます。手をこまねいているだけでは進歩に置いておかれます。
置いて行かれた基礎研究者の末路がどうなろうと個人の問題の範疇ですが医者の場合にはそうはいきません。患者に実際に迷惑がかかり,業務上過失傷害とか過失致死などの刑法犯に問われることもあります。
命をかけて研究をしているとか言う人はよくいますがただの比喩です。一方,臨床では確かに患者の命が掛かっています。虫垂切除手術中に命を落とす患者さんは確かに存在します。
例えば,何年か前に習得した知識・技術だけに頼り,指導医または専門医と名乗り,普段は麻酔に真剣に取り組まず,たまに麻酔をしたら患者・外科医に迷惑をかけるような麻酔科医は最低です。臨床を辞めた方がいいです。
村上春樹氏の小説,「ねじまき鳥クロニクル」の34章にあるエピソードがあります。シベリアの強制収容所の支配者ボリスが間宮中尉に話す台詞です。

我等がレーニンはマルクスの理屈の中から自分に理解できる部分を都合よく持ち出し、我等がスターリンはレーニンの理屈の中から自分の理解できる部分だけーそれはひどく少ない量だったがー都合よく持ち出した。そしてこの国ではな、理解できる範囲が狭い奴ほど大きな権力が握れるようになっているんだ。それは狭ければ狭いほどいいんだ。

こんな人っていますよね。

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

また現在の日本の大学院制度を否定するつもりもぼくにはありません。
現在の制度下では臨床を数年したその後,4年ほど臨床から一歩引いていろんなことを考える時期があるというのはそれなりに意義のあることだとも思っていますし,実際にぼくと一緒に研究を進めてくれる大学院生は非常に能力が高いと思います。

またこれも師の言葉ですが研究というのは牛の涎のようなもの,つまりキリがないもの,だということがあります。
一時期熱病に侵されたようにがんばってみたところで,究極には研究にはキリがないので,途中で息切れになってしまうかもしれません。
また研究にはお金が必要です。他人が用意したお金で研究をしている間は半人前です。

フォントのふしぎ  ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?
読みました。

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