残暑は厳しいですが朝夕は涼しく特に朝は寒いくらいです。

フォトストリーム-99

一応夏休みです。

子供と家内がダンス大会に出かけて一人で特にすることがないので映画や撮りためたTV番組を観たりしていますがすることがなくなり論文の作業も並行して行っています。 休み明けには共著者に原稿を送って8月には投稿したいです。

フォトストリーム-90

 

NHKの戦争特集を観て考えた事

毎年この時期になると第二次世界大戦関連のドキュメントが各放送局で放送されます。 特にNHKは一年中戦争ドキュメントを放送していて録画して結局は観てしまいます。(戦争証言アーカイブス)

NHKでこの年の夏に放送されたもので観たものとしては,

などがありました。

「大和」の番組は3時間の長尺で番組中にミニドラマを含むものでした。 衝撃的で考えさせられたのは 戦場の軍法会議 ~処刑された日本兵~ でした。

概要を番組のページから引用します。

67年前の太平洋戦争末期、フィリピンやニューギニアなどの南方戦線で補給が断たれた日本軍に“異常事態”が起きていた。飢えに苦しみ、食糧を求めてジャングルをさまよった日本兵たちが、部隊を勝手に離れたとして「逃亡罪」で次々に拘束され、処刑されたのだ。しかし、当時の記録は、ほとんどが軍によって焼却されたため、その詳細は今まで明らかになってこなかった。 今回NHKでは、その内実に迫る貴重な資料を入手した。戦場で開かれた特設の「軍法会議」で兵士たちを実際に裁いた軍の元法務官が、密かに残した内部文書と14時間に及ぶインタビュー・テープである。兵士たちは、なぜ処刑されたのか。そこで語られていた元法務官の証言は、衝撃的だ。 軍紀を守るために厳罰を科し“見せしめ”を求めた軍上層部の意向で、本来なら死刑にならない罪でも兵士を処刑した、というのである。「法の番人」であるはずだった法務官たちは、なぜ、軍の上層部に抵抗し続けることができなかったのか。戦場で行われた軍法会議の実態を、ひとりの法務官の軌跡を追うことで明らかにし、戦争の罪を見つめる。

という番組です。

軍や政府は戦後,軍法会議の資料をほぼ全部焼灼処分として一種の証拠隠滅を図ったということですがある法務中佐が個人的に残した資料が発掘されその資料に基づきまた生存者の証言で当時の状況が再現されたというわけです。

罪名は「戦時逃亡」,「奔敵(自ら進んで敵軍に向け逃げ去り捕虜になること)」や「死体損壊(これは衝撃ですよね)」などが適応され,結論ありきの軍法会議であっても裁かれたのはよい方で,中には問答無用の銃殺というケースも多かったという事です。

悲惨なのは,残された遺族や親戚も一緒です。多くの場合地域に住むことができなくなり流れて行かざるを得ない,また遺族年金の支払いを拒否されるなどの事態に陥ったのだそうです。

しかしこのような体制は何も「戦時下」だけでなく現在でも続いています。

例えば手術室。

これは一種の「戦場」「鉄火場」であり,ある状況下では目の前の「患者」の心臓を動かし続けるということが目的となりその目的の為にあらゆるリソースを投入していくということになります。 その患者の心臓が動き続けるということがどのような意味を持つのかを考える事は目的の為の行動の遂行にはたぶん「有害」なこともあります。

ぼくはと言えば,これに「兵士」として戦闘に参加する場合もあるし,司令官として参加する場合もあります。

自分で怖いなと思うのはそのような状況ではそのように行動するのが自然なのでありそれを阻むものは無視して突撃して行くしか無いと考えてしまうことです。 さらに状況が似ているのはどのような状況であったかが問われることなしに「敗戦」に対して突如責任を問われることがある事です。警察が介入したりそうでなくとも自らは絶対安全圏にいる安全管理室による「軍法会議」が開かれたりします。ちょっと怖いですね。

このような状況を打開する-というか避ける-方法で一番簡単なのは「立ち去る」事だと思います。君子危うきに近寄らずが一番単純でかつ確実な方法です。 職場にとどまり状況を変える事はそう容易ではない選択です。しかしだからといって何か抵抗をしてみたいとは考えています。 つまり結局は本当の「戦争」では無いからだと思います。

理想を追求するなら病院のオーナーか最低でも院長にならないと駄目ですね。教授や部長でお茶を濁していいたらいつまでも理想は達成できないと思います。

フォトストリーム-87

 

読んだ本

夏休み用に本を買い込みました。

結果2012年に入社した社員のTOEICの平均点は800点を越えるようになっていたのだそうです。これってどれくらいできるということなのでしょうか。ぼくは受験したことがないので比較ができません。

文芸雑誌「新潮」に「the story of a day」という特集の一作として掲載された小説だそうです。戦争と言ってもだいぶ趣が異なります。

確かに中島みゆきの世界を小説にしたような感じですね。

その日東京駅五時二十五分発」を読んだら以前読んだ「八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学」を思い出し探したら家で見つかったので読み直してみました。

終戦でも敗戦でもよいのですが戦争が終わると清清するのでしょうね。

映画「凱旋門」の台詞に確か「戦争が終わったらフーケで会おう」というものがあったと思います。 「靖国で会おう」というのでは悲しすぎます。

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