土曜日、家に帰る途中に河原町のブックファーストで見つけた本
の著者、原武史さんの著作なのだがかなり挑戦的な装丁で皇室ものや鉄道ものとはまったく異なる内容らしい、と感じ数ページ読んですぐに購入。
読み進めるのに結構時間がかかり6時間ほどで読み終えた。
滝山コミューンというのは作者の造語だ。1974年原さんが東京の東久留米市第七小学校に通っているときに成立した教師、児童、主に母親で構成された一種の共同体を滝山コミューンと呼んでいるのだ。内容は詳しく書かないが、ユートピア的な共同体に対して違和感を抱く原さんが30年後に書いたドキュメンタリー。滝山コミューンは、少なくとも原さんにとっては、アンチユートピア、裏切られた共和国、いろんな言い方ができると思う。
これほど自分をさらけ出したドキュメンタリーは読んだことがない。露悪的な告白でなくもっと切実な感じ。
登場人物は仮名ではあるがすべて実在の人物である。有名人が身内の恥をさらすというようなものとは違うし、組織に恨みを持つ人間が曝露ものを書くというのとも違う特別なドキュメンタリー。
原さんは”滝山コミューン”ほど完成した一種のユートピアはあの時代の第七小学校で実現した一種の変異体であるとは考えているようだが、1960年台生まれであの時代に小学校時代を過ごした人たちにはこの本で描かれているような体験をした人は結構いるようである。いろんな人の様々な感想がInternet上で読める。
(この本を読んではじめて”四谷大塚”という学習塾があるのを知ったのだが、成績が良いか悪いかを人の評価基準とする学習塾が”救い”になることもあるのだという一種の逆説的な状況もあったのだということがわかった。中野国立一組とかいうクラス分けの意味もwikiで知った。)
ではお前はどうなどだと言われると滝山コミューンとはまったく正反対な小学校生活を同時代的-ぼくは1963年生まれ-に送ってきた。
確かに授業中の班学習から給食や掃除など班当番まで、学校生活のすべてが班単位で構成されていたようなことはあったが、ぼくの通った小学校では突出した教師も居なかったし班といってもまったくと言って機能していなかった。そもそも一学年に一クラスまで児童が減っていたド田舎だった。地域に根強くある呪縛の方が大きかったのだと思う。いくら勉強ができても評価されないし、ぼくの親は自分の子が勉強ができるということを明らかに嫌っていたと思う。家で本を読むというような行為は親によって禁止されていて自分の部屋の布団の中で親に隠れて読書を小学校時代はしていた。中学に進み視力が落ちて眼鏡が必要になると本ばかり読むからこんなことになるのだと言われもした。それでも教師は、中学は近くの公立中学に進むのでなく国鉄で一時間以上もかかる長岡にある中学を受験するように親に話したそうだが、親はそのようなことまでして勉強する意義はない、むしろそのような目立つことをしてどうするのだと思っていたようだ。ぼく自身もそのようなことをする意義はないと思い込んでいた。高校受験もあったはずだが、試験の二週間前までクラブ活動のスキーを夕方の6時までさせられていて家にかえればヘトヘトで受験勉強をしたというような実感は無かった。家から一番近い高校を教師に受験しろと言われて受験しただけ。
その意味では滝山コミューンで描かれたような、”自由”を抑圧するような体制が、滝山コミューンとはまったく異なる文脈で単なる時代遅れとしてぼくの小学校というか地域共同体にもあったのかもしれない。
そんなぼくの支えは恥ずかしいい話だが、日本国憲法だった。遅れてきた大江健三郎のようなノリだ。スローガンは、なんと”造反有理”。まったく人の言うことを聞かない人間になってしまい今でも損をしていると思うのだがそうそだったので仕方ない。
この時代に小学校生活をおくったすべての人が読むべき希有な書だと思う。
実は昨年の講談社ノンフィクション賞を受賞していたのだそうだがぼくはまったく知らなかった。恥ずかしい。




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