“1Q84″さっき読み終わりました。
アマゾンで注文していたのですが届いたのが昨晩の午後9時で、素直に本屋で買えばよかったと後悔。計画では土曜日で読み終わり日曜日はぶらぶらするつもりだったのですが。
土曜日家内と梅田の紀伊国屋で待ち合わせをしたのですが,大量に平積みされていました。家内を待っている間眺めていたのですが20歳代の女の人が何人か手に取って立ち読みをしていた以外に馬鹿売れしてたという感じはありませんでした。
ちなみに土曜日は家内と阪急百貨店に移動して友人の出産祝いにbaby服を探しました。
たくさんかわいい洋服があるのでびっくりしました。値段も高いのでこれまたびっくり。帰宅して娘に話すと自分にもそれくらいの洋服を買ってくれといわれました。自分が大学院生の時代に子供が生まれたのでまったくお金はなくーよくあれで生活できていたなといまでも不思議ですー子供に今回選んだ洋服を買ってあげる余裕はなかったのですが…
1Q84はどうななるのでしょうか。世間的な評価は。
もしかしたら大いなる失敗作などという評価を与えられるのかもしれません。
ぼくにとってはどうでもいいことですが。
すでに彼の小説は一つ一つの作品をすでに独立したものとして読むといういことことができないので、彼の過去の作品のいろんなモチーフがちりばめられた今回も当然のごとくに楽しめました。最期の二章ぶんとくに”第23章”悲劇的ですがいつものパターンで好きです。
初めて読む人にはすこしむずかしく感じられるのではないのでしょうか。青豆と天吾が最後に出逢えるのかどうかとかそういった興味で最期まで引っ張られていくのかもしれません。
最近の長編は”海辺のカフカ”でもわかりやすい”救い”が描かれなくなってきています。”緑”や”ユミヨシさん”が登場しない訳です。1Q84から1984への出口が閉ざされているということなのでしょうか。
この作品も当然翻訳されるのでしょうがタイトルはどうなるのか心配になりました。
1Q84が1984と関係あるだろうとは日本人ならすぐわかるわけですが-といっても、ほんのカバーではQはkewと綴られていてkyuではないのですがー、外国人にパッと理解してもらえるのでしょうか。”1?84″としてもおかしいし。とにかく村上春樹の小説を彼が書いたままに読むことができるということは日本語で育った自分の最大の特権かもしれません。





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