今月中に投稿したい論文があっていろいろとやっていたら新しいエントリーから遠のいてしまいました。今週木曜日-といってもお勤めは水曜日からです-から土曜日まで学会でこの期間中は落ち着いて論文に取り組むことは不可能ですのですこし気合いをいれて作業を進めてきました。
何とかなりそうです。
今月は最終週にまた一週間ほど某コンファレンスがありこれまた論文を書くという雰囲気からはしばし遠のきますので来週と来来週が勝負ということになります。

IMG_4165

New York Timesに”Stone”というコラムがあります。

The Stone is a forum for contemporary philosophers on issues both timely and timeless.

という解説があります。

大きなくくりでは「臨床哲学」という分野となるのだと思います。
先週
Stone Links: Identity Check
というタイトルのエッセーがありました。

If your brain were transplanted into an organ donor’s brainless body, would you be getting a new body, or would you be losing a brain?

という問いかけから始まっています。

ちょっとベタな感じですよね。そう思って読み出したら結構面白かったです。

ぼくの恩師の一人に森健次郎 先生がいます(参照)。もう亡くなりました。
大学院を終わって麻酔科で助手-いまでいう助教でしょうか-をしている時代に結構いろんなことを話しました。
研究室に夜とか土曜・日曜日にいるとぼくの部屋に入ってきていろんなことを頼みもしないのに話してくるのです。
といういう訳で彼の若いときからその時分まので研究にぼくは大変詳しくなり教授退官最終講義-といってもホテルで行われたのですが-の内容で知らないことは無いくらいに詳しくなっていました。鶏はまだしもウナギの脳波を採ったことがあるとかウサギはストレスに弱いだとかいまでもいろんな事を覚えています。
脳死についても一家言有り-Miller’s Anesthesiaのbrain deathの項は森先生と関西医大の新宮先生と今は近畿大学にいらっしゃる中尾先生の共著となっています-いろんな話題を振ってくるのです。
まず手死・足死。石器時代には骨折しただけでエサを採る能力が低下して生き残れなっかたというのです。
どんどん時代が進み,腎不全になっても透析がある,肝不全になっても肝移植,心不全には心移植,呼吸不全には肺移植などが開発されてきているけど脳死で脳移植はないだろうということで脳死にたどり着くのです。
何度も同じ話を聞いていると一種の洗脳を受けたようになり森先生の視点がぼくの視点となってしまいました。

大学生の時に読んだ本で「中枢は末梢の奴隷―解剖学講義 (Lecture books)」というのがあります。養老 孟司さんが当時作家デビューしたばっかりの島田雅彦さんに「解剖学の講義をする」という形式で進む対談です。
タイトルがすばらしく今でもたまに読み返します。

IMG_4166

週末に「ほんとうの診断学: 「死因不明社会」を許さない (新潮選書)」を読み切りました。

正確な診断なくして、よき人生はない
正しい診断を知ること、それは「いのち」と向き合うことである。Ai(死亡時画像診断)を提唱して医学界の改革を図る著者が、「検査」と「診断」の本質を徹底究明。正しい医療を受けるために必要な知識を解説しながら、市民社会への視点を見失い不毛な議論に終始する昨今の日本の医学研究を解剖、その欠陥を抉り出す問題作。

と紹介されていたのでどんな本か読んで見たくなり立ち読みもせずにamazonで注文してしまいました。
とりあえず「最終回答」というのははったりです。

しかし一方,Aiは実はかなり浸透してきているのではないかと思っています。
森先生が亡くなった二週間ほど前にぼくの父がぽっくり亡くなりました。
農作業中に倒れそのまま蘇生できずに死亡宣告です。二時間ほど心臓マッサージが続けられていたそうなのですが一度も戻らなかったようです。
ぼくが直接先生に「もう結構です」というまで続けようと考えていたようです。結局本当の死因は解らなかったのですが,頼みもしないのに地元の病院の循環器の先生は死亡した父の頭から下腹までCT検査をしてそのfilmを弟に託してくれていたのです。後でぼくが何かねじ込むとでもお考えだったのでしょうか。
ぼくが見たところ脳の出血などはなく,ぼくの自力では異常を見つけられませんでした。filmを京都に持って来て放射線科の先生に読んでもらおうと思っていたのですがいざ頼もうとして結局はいまだに頼まず仕舞いです。何か怖くなってしまったのです。
というわけでぼくは死因はなんとしても明らかになる必要も無いしAiで全てが明らかになるとも思っていません。
でもAiで医学は確実に前進するだろうとは思っています。

IMG_4269

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)
も電車の中で読みました。

医学部の講義は全て必修です。工夫をして受講者を集める努力をする必要はありませんが学生は出席するしないを自分で判断して面白くない講義であれば途中からでも退席する人もいます。(参照)

今年は内容は変えずにすこし工夫をしてみようかと思っています。

というわけで今日はお終いです。
学会で見かけたら声をかけてください。特に怖くはありません。

木曜日の夕方にすこし怪しい集会がありこれは楽しみにしています。いやー実際何話したらいいのか解りませんよね。

このエントリーをはてなブックマークに追加

madeonamac.gif Creative Commons License